紛れもない美人というのはこういう人のことを言うのだろう、と思う友人がいる。
彼女の名前は、硝子(しょうこ)。
睫毛の豊かな綺麗な目が印象的な女性で、年齢は二十七歳。
近年女の子を出産しており普段は主婦をしているのだが、見た目の印象が若々しいので、何も知らない人の目には女子大生のように映るかもしれない。
私はこの日ある用事があって、硝子さんを都内の喫茶店に呼び出していた。
しかし、おたがいに日本史が好きということもあって話が脱線し、気がつくと刀剣の話や好きな歴史上の偉人の話になっていて、話の折に硝子さんが、
「そういえば、歴史に関する不思議な体験したことあるんだよね」
と、思い出語りをはじめたのだ。
硝子さんが大学生だった頃。
学校近隣の和食レストランでバイトをしていた硝子さんは、あることに悩まされるようになった。
お客さんのひとりが「プライベートでも会いたい」と言い出すようになってしまったのである。
「どうしても、硝子と、私と、三人で会いたいって言ってくるお客さんがいるんだよね」
同じバイト先に、高校時代からの親友――葵(あおい)さんという女の子も勤務していたので、何かにつけふたりはすぐに情報共有をおこなうようにしていた。
そのお客さんというのは男性ではなく、三十代後半くらいと思しき女性で、いつも品が良く、こまめにお店に通ってくれていることもあり断ろうにも断りづらく、ふたりは随分悩まされていた。
「あのお客さん、どうしても私達に聴いてほしい話があるみたいだよね。何なんだろう?」
あまりにも毎回頼まれるので硝子さんはだんだん「三人でご飯を食べに行くだけならいいんじゃないか」という気持ちになり、ある秋の日、休みを合わせて三人で会うことになったのだという。
「あなた達は信じてくれないだろうけど、私、霊感が強すぎて」
お客さん――斎藤さんは、ファミレスのテーブルに着くなり堰を切ったように話しはじめた。
「いわゆる相手の過去世、前世まで見えちゃうのよね」
斎藤さんはそう言って、硝子さんと葵さんを交互にじっと見つめた。
「まず、人間ってね、前世がひとつじゃなくて、沢山あったりするのよ。あなた達もそうだし、私も沢山前世があってね、たとえば鎌倉時代の前世で、私と硝子ちゃんは姉妹だったの」
話の展開があまりにも急じゃないか――と戸惑いはしたものの、斎藤さんの表情は真剣そのものであった。
「硝子ちゃんは前世で、私のお姉さんでね、時の権力者の奥さんになった人だったの。それで、葵ちゃんと硝子ちゃんは、鎌倉時代の前世で、夫婦だったの」
にわかには信じがたいことを話し続ける斎藤さんに、ふたりは思わず顔を見合わせ目を瞬かせた。
硝子さんと葵さんは高校も同じで、同じ大学の同じ学部に進んだこともあり、姉妹のように仲が良かった。
確かに縁は感じるが、前世と言われるとよくわからず――。
「何か。すごい。こういう占いみたいなの、私、初めてです!」
葵さんは持ち前の明るさで、場の雰囲気を崩さないように前向きな受け答えをし、
「ね。すごいよね。前世とか。無料で見てくださってありがとうございます」
硝子さんも、ピンと来ないとしてもお礼は伝えるべきだと考え、感謝の言葉を伝えた。
「元々ね、縁談というのも姉妹に来ていたものだったみたいね。先に妹の方と男女の仲になってしまって、それを姉も知っていたから、そういう苦しみを抱えていたのよね。そして、姉の方は神通力を持っていて、悪巧みをしている人が周りにいるとズバズバ言い当ててしまったから、だから悪い人達から煙たがられてたの。年齢が若かったこともあって、正しいことを言っていても信頼されづらかったというのもあったみたい。まあ、今はピンと来ないかもしれないけど、とにかくすごくすれ違いの多い夫婦だったみたいだから、今世では、仲良くね」
飲食店の出入り口で解散した時、斎藤さんはそう言って手を振り、少し切なそうな顔をしていたそうだ。
ビルの2階に入っている飲食店だったので、硝子さんは階段を下り地上階へ出たのだが、なかなか葵さんが下りてこようとしなかった。
振り向いた瞬間、鳥肌が走った。
2階の階段の踊り場で、葵さんはいつもの葵さんとは全く別の顔――男性のような顔になっていて、両目から涙を止めどなく流し続けていたのだ。
――私は今、思い出したの。
――私と硝子は、前世で夫婦だった。そういう景色が見えたんだよ。
――ふたりで一緒にお菓子を食べることもあってね。たまにそうできるだけですごく幸せだった。
――でも政治に引き裂かれて、駄目になってしまったね。
――でもずっとあなただけを愛してたんだよ。
――私の魂はきっと、ずっとそれを言いたかった。
話を一通り聞き終えた私は、夕暮れの喫茶店で目頭を熱くしていた。
硝子さんも、大きな目に涙を浮かべていた。
「男性って女性より平均寿命短いし、おたがい女性として生まれてきた方が却ってずっと一緒にいられるから、だからあなた達はそういう性別に生まれたのかもね」
私にそう言われて、
「そうかもしれない」
と、硝子さんは小さく頷いた。
悪女の汚名を着せられることも多い、鎌倉時代のあの人物。
硝子さんはお話の中で前世の人物名を伏せていたが、私には思い当たる人物がひとりだけいた。
もしかして、と思ったが、あまり過去のことばかり話していても仕方がないと思ったので口には出さなかった。どう考えても今生きているこの人生、今世の方が大事なのだから――。
これは私が、硝子さんのあまりの勘の良さに興味をくすぐられ「今後のことを占ってほしい」と依頼し、喫茶店に彼女を呼び出した日の出来事である。